2001-02-28 第151回国会 衆議院 経済産業委員会 第3号
このことは、昭和二十五年、この法案が提案された第九回国会の提案理由の中で、鉱業上の目的で供さなければならないときは、その土地を収用することができると述べられており、同年十二月一日、参議院の通商産業委員会で、「むしろ法律的には今まで土地所有者に任せておつたものを、今度はつきり国のものとして取上げるということでございます。
このことは、昭和二十五年、この法案が提案された第九回国会の提案理由の中で、鉱業上の目的で供さなければならないときは、その土地を収用することができると述べられており、同年十二月一日、参議院の通商産業委員会で、「むしろ法律的には今まで土地所有者に任せておつたものを、今度はつきり国のものとして取上げるということでございます。
しかし、公団が融資として三割、出資として四割ですか、つまりほとんどの石油会社について七割までの出資をしているような状況ということは、それを税金で使っているということは、もうはつきり言って国民の会社なわけですよ、石油開発会社というのは。
要するに向こうの態度は、これは自分たちが望んでおるものでも何でもない、アメリカや日本や韓国がやらせてくれと言うからやらせてやっているのだという、もうはつきりしたことであって、我々が望んでおるものでもない、要求したものでもないということなんですよ。だから、それは一にかかってアメリカ、韓国、日本の側の政策であるはずなんです。
しかし他方で、浜田委員がよく御承知のとおり、デリバティブスというものは、どれだけ弊害があっても何でももうはつきりした取引として確立したのではないかと私は思うものですから、それを根本からどうかするというわけには多分いかないだろう。ただ、そのデリバティブスについても全く野放していいというはずはない。これはノンバンクでございますから、今としては野放しなんでしょうが。
それであれば、もうはつきり新エネルギーできちっとつくって、通産大臣がこうやろうということをはっきり政策決定しなければ、いつまでたっても今のような状態が続いていく。
そんなことで、政府としても、先ほど来、助成金はなくなる、あるいは税金は上がってくる、こういうことでございますから、国鉄の改革の成果というものは、もうはつきりこういうぐあいに出てきているわけであります。 したがって、私は、今この移換金の問題でぎくしゃくした関係、そしてこれがどうも閣議の内容からいってもすっきりしない。
その論議はさておきまして、私の持ち時間の中で幾つか尋ねておかなくちゃいかぬのですが、今おっしゃいましたようなある政府の意思を、はつきりしたものがあることは私は認めます。その認めたのが今答弁がありました四十二条ですね。検討結果はどうなるかわからない。しかし、検討対象は書いてあるわけですから、大体どういうことを目指しているかはわかるわけです。
そこで、私どもは今、一つ国会に提出させてい ただいたのは、結局実態としては同じだと思うのですが、やはり国は方向を示さないといけない、そのときに六・六制というものを視野に入れて、我々は六・六制を目指して将来十年間でやっていこうというはつきりとした方向を示しておりますが、今回、文部省はこの六・六制ができますよというふうに端緒を開いた。ただ、やるかどうかは地方に任せますというのでは、ちょっと地方も困る。
それでは、もうはつきり言いましょう。そんなケースがそんなにあるというよりも、私、考えられないのです。つまり、一度注意を受けたら改善し、反省し、一部は保険医取り消しになり、あるいはもっと極端に言えば、二度やったときにそのまま処分がないということはあり得ないのです。
そういうことをやらずに、国の支出は減らしながら地方に負担をかぶせていくというやり方がもうはつきり流れていると思うのですよ。 そういう流れの中で今度の改正がやられているということに、私は非常に、そういう意味で承服できかねる、怒りを感じるわけでありまして、地方自治体の苦しみというのはそういう形で広がってくるだろうと思うのですね。
ですけれども、再三出ましたとおり、このITCのガイドライン、ITCコードを拝見いたしますと、もうはつきり書いてあるんです。テレビによって生ずる引きつけを完全になくすことは不可能であるけれども、危険性を減少するための手段はとることはできるという項目がありますし、それから、棒状、らせん状、ダートボードの図柄は避けるべきである、図柄ですよ。それから、規則的な図柄が動いたりちかちかするのが特に危険である。
もうはつきりしたわけですから、そういう状態の中で、全国の金融機関の予備軍的なもののそういう区分けをしながら、難しかったとは思いますけれども、どうしてこの予防措置がもっと効果の上がるように施されなかったものか、できなかったものか。倒産が始まってから五年もたっているわけですから、今日の事態に至らずに済んだのではないかという思いがございます。
だから、そこでもうはつきり銀行局長あるいは大蔵省と私どもの見解は違っているのです。これは救済なのですね。 私は、新進党に限らず野党の皆さんがこの預金保険法の特定合併に反対している理由は、まさにそこにあるのだと思うのですね。これは実質的には救済じゃないか。救済のために金を入れていることになって、これは預金保険法の考え方から一歩踏み出しちゃっているよ。
全く改正をしないで、寄託証券補償基金については、これはやるというはつきりしたお話がありましたけれども、この預金保険法の方はやるともやらないとも言わないということですが、必要とあればやるということぐらいはおっしゃれるのじゃないですか。どうですか。
検査ということ、検査という意味が何かこうはつきりしないというか、繰り返しになるかもわかりませんが、何のための検査なのかということを、本当にこの山一の例でも感じるわけですけれども、何のための検査をやっているのですか。基本的なことかもわかりませんけれども、ちょっと確認させてもらっていいですか。
相談内容の内訳ですが、先ほども申し上げました母体施設の特徴ということはここでもうはつきり出ておりまして、在宅福祉サービスは四千四百六十件ということで、この特養老人ホームの持っている機能、デイサービスだとかショートステイだとかあるいはホームヘルパーの派遣だとか、そういうものが中心にやはり福祉サービスの相談の中に入っていると。
あのときは大蔵大臣は久保先生でしたけれども、この住専国会、住専法案、関係法案を通せば、六千八百億円プラス五十億円の負担を国民が背負っていただくならば、世の中はよくなる、景気はよくなる、株価は上がる、こうはつきり言われたんです、ばかの一つ覚えみたいに。これは大変失礼な発言かと思いますけれども、僕に言わせればそれしか表現しようがない。どうなったですか今まで、ここ一年以上。
でなければ、心の教育をどうせよ、ゆとりをどうせよ、個性をどうせよ、生きる力をどうつけよといったところでこれはできない、これはもうはつきりしているわけです。もしそれができるのなら、どうすればできるかということをおっしゃっていただきたい。 そして一方、登校を拒否する、学校へ行かないという子供、これは年々増加して、ことしは九万人です。
しかし、市場原理をより機能させるということは、やはり能力のある人、やる気のある人にさらにばりばりやってもらおう、そういうことでありますし、ざっくばらんに申し上げれば、勝者と敗者、優勝劣敗がもうはつきりしてくる、そういうことなんだろうというふうに思うのです。
しかも、経営の一トップないしは経営の総体的な集団としてのこういうよこしまな方法があったとするならば、確かにこの銀行の経営から見て破綻はないでしょうと、こうはつきり断言をしますけれども、こういう問題が実は金融信用の破綻につながるわけであります。こういうものには一罰百戒的な措置をとられることが政治家としての責任でもあるし、国務大臣としてもやらなけりゃならないことだというふうに私は理解をいたします。
政策委員会というのがあるわけですから、ワンボードにするためには理事は必要がないということを答申の中で、昭和三十五年にもうはつきり書いているわけです。今度の答申も理事をなくせとは書いていないけれども、理事会を廃止するということは、事実上理事をなくするということだと思うんです。なぜ理事を置くんでしょうか。